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美輪明宏ラジオの名言

美輪明宏の発言まとめ

【美輪明宏】歌手になるきっかけになった『冬景色』

思い出 思い出-体験談

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すっかり冬でございますね。ただ寒いだけじゃなくて、冬には美しさもございます。日本には、その季節によって素晴らしい歌が生まれてますでしょう?例えば「♪雪の降る街を 雪の降る街を」あれも素敵な中年の男性がしみじみと孤独に歩いていて、そのうちに光がワーッと射してきて、希望を持って行く。そういう歌でございまして、私も大好きでね。

 

それから、冬の歌ということに限られてませんけれど、「♪蛍の光 窓の雪 文読む月日 重ねつつ」。貧しいと言えば貧しい、貧乏な歌なんですね。蛍の光で勉強するって言うんですから、電気が無いんですね。それで蛍も律儀ですね。いつまでもそこで光っていて、勉強させてくれるんですから。それから窓の雪。雪明りでお勉強させて字を読んでいく。勤勉ですね。二宮金次郎の世界ですね。

 

「♪雪の降る夜は 楽しいペチカ」これは小さい頃よく歌いましたけど、日本人にとって、ただ寒い寒いと言ってる迷惑な冬だけじゃなくて、みんな叙情の歌にしてしまう。それが日本人の真骨頂だと思います。

 

それでは私の原点ともいえるような歌をご紹介させていただきたいと思います。ご紹介するのは『冬景色』という叙情歌でございまして、1913年、大正2年発表の文部省の唱歌ですね。

 『冬景色』に出会ったきっかけ

これはもちろん学校の頃、唄っていたんですけど。終戦後、闇市をウロウロしていて、父からもらったお金を持ってましたんで、そしたら一人の男の子が大人に追われながら走ってきたんです。お餅を盗んだんですね。それで叩かれて酷い目に合っていたんです。大人の人も手加減しないで、めちゃくちゃにぶってたんですよ。

 

それで子どもが「ごめんなさい、ごめんなさい」って言うから「どうしたんですか?」って聞いたら、売り物の餅を盗んだって。それで「おいくらですか?」って聞いたら、びっくりしたんですが10円だって言うんですよ。それで「じゃあ10円払いますから、この子にください」って言ったら、大人たちは向こうに行っちゃったんです。

 

そしたら物陰に隠れてる人がいると思ったら、我が子が打たれるのを我慢してみてたお母さんなんですね。原爆にあったらしくて、ケロイドで髪の毛が半分抜けてて、顔半分がやけどで焼けてる人なんですよ。その人が泣きながら出てきて、私を拝んで、「ありがとうございます。ありがとうございます」って言ったから、私まで悲しくなって。

 

それで大人の人に拝まれたんで、照れくさくて、後ろにあった入り口にパッと逃げ込んだんですよ。そこが映画館だったんです。そこで「ちょっと、アンタ!」って言われので、お金を払って。そしたら神様のご褒美で、それが『僕の父さん』っていう東宝の映画で、当時スターだった中年のおじさんの古川ロッパさんって言う喜劇俳優なんですよ。その人が主役でお父さんで、息子が加賀美一郎って言うボーイソプラノの人で。加賀美一郎さんが放送局で歌を歌って、気に入られて出世するって言う物語で。「歌ってごらんなさい」って言われて、アカペラで歌ったのが、この『冬景色』という歌だったんです。

 

まぁきれいな声で。あんまりきれいな声だったもんで、私学校をサボって、毎日映画を見に行ったんですよ。そしたら悪いことに担任の先生が見ていらしたらしくて、「あなた映画見に行ったでしょ!」って言われたから「行きました」って言ったら「あとで職員室にいらっしゃい」と言われて。怒られると思って行ったら、他の先生たちが何人かいらして「歌いなさい。何でもいいから」って言うんで、私「♪月の砂漠を はるばると」ってアレを歌ったんですよ。「この子は才能あると思いませんか?」って先生が言ってくださって、他の先生もあるって言ってくださって。じゃあ、ってことで、その先生がバリトンの先生を紹介してくださって、それが私のピアノと声楽を習いに行くようになったきっかけなんですんね。

 

その時の曲が『冬景色』で、思い出深い、私が歌手になるきっかけを作った、神様からのご褒美の曲ですけどもね。

 

では聞いていただきたいと思います。美輪明宏の歌で小学唱歌です。『冬景色』

 

TBSラジオ美輪明宏 薔薇色の日曜日』2015年12月放送分より

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